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私より、フライドチキンの方が価値がある🍗

【序文前説】 私より、フライドチキンの方が価値がある。  私は普段から、自分より、フライドチキンの方が、世界にとって価値があると考えている。  フライドチキンは、食べている人を笑顔にしている。世界を幸せにしている、と感じる一方、私は誰も笑顔にできないで一日を過ごす事だってあるからだ。  そういう時 私は、死んだ鶏肉以下の価値しかないと、自分を責めることすらある。  しかし、この考え方は本当に事実だろうか。人を幸せにしていなければその存在には価値がないのか。死んだ鶏肉以下の価値、というのは、無意識的に鶏の命を見下していないだろうか。そもそもその価値は、誰にとっても同じなのか?  そこで私は、複数の人にある質問をしようと考えた。質問は二つある。 ①「貴方にとって私(筆者)はフライドチキンより価値が高いか?」 ②「貴方は自分自身をフライドチキンより価値が高いと思うか?」  この珍妙な世界で何とかサバイブするための、ちょっと面白い色眼鏡を、鑑賞者に提供できたらと考えたのだ。  この本を読んでいる貴方が、新たな価値観や、自分を違う角度から見ようとするきっかけを見つけられるなら、それだけで嬉しいと思っている。  それが果たして価値あることか、やっぱり私には分からない。ただ、この遊びは、フライドチキンには出来なさそうなので、やってみよう。

Log① 2025. 6/30 14:55:08 インタビュイー:入江丸木 ① 貴方にとって私はフライドチキンより価値が高いか? 2025年6月30日 14:55:08  最初にインタビュイーとして召喚する人間は決まっていた。  同級生の、入江丸木(いりえまるき)くんである。 大久保「じゃあ、まずはお名前を教えてください」 入江「———はい。お名前は、入江、丸木。です」  入江くんは最後に「偽名です」、と付け加えた。  彼は普段は別名義で活動している。新進気鋭のデジタルゲームクリエイターとして、テレビ出演などもこなしながら活躍している。 大久保「普段はどんな作品を制作されていますか?」 入江「普段は、ゲームを作る事が多いです。ゲーム……PCで遊べるゲーム。が多いです。今は、アクションゲームを作っているところです。(特に)ビデオゲーム。Unityとか、game makerとか、Godot Engineとか。その辺のまあ、ゲームエンジンを使って作る事が多いですね」  入江くんは私にとって、大学で一番最初に出来た友達だ。3年になってラボが別れるまでは、必修のほとんどを一緒に受けていた。  彼の興味が適用されるトピックスは、私の興味とはかけ離れているような——はたまた、宇宙的に見たらとても近いところにあるような。そんな気がする。作っているものも、その作っているものによって、鑑賞者に伝えたい事も、そもそも鑑賞者に伝えたい事があるのかすらも。彼と私はかなり違う、と思う。  ただ、搭載されている言語が一緒だ。話が通じる以上に、『言葉』が通じる。  そんな訳で、私は、入江くんから面白い答えが(あるいは返しが)聞けるかもしれない。少なくとも、私が普段考えられている事とは、全く違う角度のサーブが返ってくると踏んでいて、彼をいちばん最初のインタビュイーとして選んだ。  入江くんは私が用意した丸椅子に座っている。彼の目の前には、鉄で出来た大きな机がある。真っ白なテーブルクロスがかけられた冷たい机上には、スケッチブック、ノート、黒色と赤色の複数のマジックマーカー。そして、先ほどコンビニで買ってきたフライドチキンが、耐油平袋にくるまれたまま紙皿の上に置いてあった。  入江くんにお願いして、フライドチキンの袋を破ってもらう。何となしに、それをセッション開始の合図とした。 大久保「じゃあ、入江くんに質問があるんですけど」 入江「はい」  入江くんは弄っていたはずのスマホを置き、真っ直ぐにこちらを見つめてくれた。私はそれに、いくらか乾いた舌で、質問をした。 大久保「入江くん。貴方にとって、私——大久保帆夏は、フライドチキンより価値が高いと思いますか?」  彼はマーカーのキャップを弄りながら、少し瞬きをして口を開いた。 入江「価値が——……フライドチキン、と。大久保さん、の、価値ですか」 大久保「うん」 入江「——ここに書くの? えへへ、まあ、ちょっと。そうですね。難しい。難しいというか——」 入江「———『よく分からない』かな」  彼はそう言って、私の方をいくらか見ながら、マーカーをスケッチブックに走らせた。どうやら文字を書いてるわけではなさそうなので、彼の方に回って、「何書いてるの?」と聞いてみた。 入江「大久保さんを描いてるんだけど、難しいですね」  入江くんが笑ったので、私も笑った。  入江くんの言った通り、スケッチブックには私の似顔絵が描かれていた。何となくモチモチしてて、多分、私が私を描いた時よりもずっと似ている。それを見た私が「ありがとう」と言ってからから笑ってる間にも、私の髪の毛が描き足されていく。  対象を比較するにあたって、答えを出す前にまず『観察』をするのは当然と言える。中学生だって、理科の授業中には細胞のスケッチを描かされる。  つまり今、入江くんにとって私は観察する『対象』だ。彼は、ある種の誠実さを以て、真っ向から私とフライドチキンを比較してくれようとしている。 大久保「(私を改めて)認知してるって事、今?」 入江「認知? うーん……あ、髪がまきまきですね」 大久保「最近まきまきにした」  入江くんは小さく「なんか違うな」と言いながらも、笑顔で似顔絵を描き続けた。 入江「丸いな、っていう」 大久保「丸い?」  私が聞き返すと、入江くんはにこにこしながら答えた。 入江「——髪? 顔が丸いよね」 大久保「は———」  私は思わず大声で笑ってしまった。こういう、他意がないところが素晴らしい。  入江くんはそのまま、「卵形って言えばいいのかな」「卵形の人は女装が似合うって言われてて」と、私の首を描きながら呟いていた。  そうして彼は、フライドチキンが乗っている紙皿を手に取ると、私の似顔絵の隣に置いた。スケッチブックの上で、フライドチキンと、線で描かれた私が並ぶ。入江くんはその両者の間に、こう書いた。 『VS(バーサス)』  それを見た私は思わず、「そう!」と叫んだ。しかし、入江くんはこうとも言った。 入江「VS(バーサス)は、成り立たない」  彼ははっきりとそう言って、自らギザギザのフキダシで囲ったはずの『VS』の下に、『不成立』と大きく書いてしまった。  おお、と言うまもなく入江くんは「不成立でフィニッシュ」と呟くと、スケッチブックの端に、畳み掛けるように『finish』と書いた。まるで、某推理ドラマに登場する准教授役がトリック解明の際に書く、『Q.E.D』みたいだった。 大久保「不成立でフィニッシュ——その心は?」  私の質問に、入江くんはマーカーを顎に押し当てながら答えた。 入江「うーんと……そうだね。あんまり……フライドチキンと、大久保さんと。その価値の『高(たか)』を見る時に。何を考えたら良いのか分からないです」  彼は私の目を真っ直ぐ見た後、ちょっと逸らしてから言葉を続けた。 入江「大久保さんと、フライドチキン。どっちの方が、話し相手として面白いかって言うと、フライドチキンよりは、大久保さんと喋る方が楽しい」  彼はカメラを持つ私に向かって微笑んでから、机上のフライドチキンに視線を移して言葉を続けた。 入江「ただその——大久保さんと、フライドチキン。食べ物として、どっちが美味いかで言うと。大久保さんよりも、フライドチキンの方が、わりかし美味しい。そういう意味では、フライドチキンに軍配が上がると思いますけれども——まあ、そんな感じで」  彼はそう言って、フライドチキンが乗っている紙皿を手に取り、スケッチブックの上からどかしてしまった。 入江「評価軸に応じて、価値っていうのは変わるんじゃないかな」  彼はそれから、『finish』と書いたスケッチブックのページ自体も破ってしまうと、私の方を真っ直ぐに見た。 入江「そういう、個別の検討の仕方でしか。あんまり。大久保さんと、フライドチキンを比べる事は出来ない。……そんなところかな?」  私は、入江くんの回答を飲み込んだ。  彼と私の考え方は、かなり違う。かなり違うからこそ面白いし、違うからこそ一番最初に話したいと思った。ただ、彼が真剣に投げてくれたボールを私が受け止めるには、私に搭載されているソフトウェアでは読み込みに時間がかかる。時間をかけても、表層ではなくちゃんと理解する事が、大切だと考えている。  だから私は、入江くんの言葉を繰り返すように呟いた。 大久保「価値は……個別の定規によって、決まってる、から」  入江くんは優しく頷きながら、「そう」と言った。そして、こう続けた。 入江「——で、一口に言って、どっちに価値があるか。……っていうのは、あんまり、そうね。あんまり有効な状況じゃないかな」  有効な、状況じゃない。私は心の中で繰り返した。    つまりは、有効的な考え方じゃないという事だろうか。その『あまり有効的な考え方』じゃない考え方に囚われてる人間としては、ちょっとウッとなってしまう。ただ、これは良くない。私の考え方が絡まっている大元も、おそらく『ここ』にある。  入江くんは私の考え方——というより、そういう比較のつけ方に対し、自身から見た評価を他意なく発言しているだけだ。私の『何か』を評価しているわけではないし、きっと彼は、する気もない。  実を言うと、私の心は基本、レモンをくぐらせた牛乳のように『もろもろ』だ。一瞬ウッとなってしまえば、うっかりもろもろ崩れてしまう。  しかし今の私はインタビュアーとして、あるいは記録者として、かっこよく、冷静である必要がある。冷静である必要性が、この空間には生じている。私は少し汗をかきながら、真剣に入江くんの言葉についてじっと考えた。  評価軸に応じて、価値は変わる。評価軸、を、私にとって簡単な言葉に置き換えれば、定規。定規で測れるものと言えば、長さ——つまりは、『単位』だ。  長さを測るには、定規がなければならない。そして、定規以上に、『単位』がなければ。私たちはその長さが長いのか、短いのかすら、比較する事は決してできない。 大久保「価値を、測るには。……なんだろう。1シアワセ、2シアワセ——違う。1カチ、2カチ?」  私の独り言に、うんうん、と、入江くんが頷く。そういう——、と。入江くんが何かを付け加えようとしたタイミングで、私はぴんと思いつき、こう言った。 大久保「よし、カチタカ! カチタカにしよう!」 入江「カチ、カチタカ?」  聞き返す入江くんに、私は言った。 大久保「うん、1カチタカ、2カチタカだとして。食べる、時と。話す、時。で。1カチタカも2カチタカも10カチタカも、かなり(性質が)変わる」 入江「うん、変わる。変わるでしょ? 変わるし——その、そこ(それぞれの価値)が、交換できないでしょ」 大久保「うん」 入江 「あんまりその、円とドルみたいに。何だろその……『美味しい』、食べる時の『カチタカ』と、話す時の『カチタカ』は。為替取引できるもんじゃないというか」  だから——比較不可能。  どちらともない声だった。 大久保「比較不可能。だから、この問題は不成立?」 入江「不成立。不成立——というか、まあ総合的に比較する事があまり、不成立って言い方になるのかな」  不成立、不成立ね。こちらもまた、どちらともない声だった。二人で考える。 大久保「じゃあ何だったら成立するんだろう」 入江「どうしても成立させたいの?」 大久保「どうしても成立させたいってわけじゃないんだけど。今の問いに対する答えが、入江くんは、『不成立である』だから」 入江「———『問いとして』、不成立かな」 大久保「問いとして不成立。まあ、ただ(哲学的な)疑問として持っている事には、成立も不成立もないから。私がただ、入江くんの話を聞きたいので、掘り進めたいかなって」  私はそう言って、スコップで土を掘るような仕草をした。そこで入江くんも、「ああ」と笑みをこぼした。答えを誘導させたいのか、という警戒を持たれてた気がする。そこがいくらか緩んだようで、私はちょっとだけ『ほっと』していた。 大久保「——って事だから、私は『成立させるため』に聞いてるんじゃなくて。むしろ不成立の方向で行く事で、一緒に掘っていきたいんですよ」  私の言葉に、入江くんは頷いた。 入江「掘っていきましょう」 大久保「掘っていきましょう!」  良かった、(おそらく)通じた。私は嬉しくなった。嬉しくなったので、スケッチブックにスコップの絵を描いていたら、入江くんがふいに口を開いた。 入江「そもそも、何でこんな事思ったのか、聞きたいけどね」  入江くんが、今まで書いてきたスケッチブックのページを指差した。『こんな事』というのは、『自分とフライドチキン、どちらの方に価値があるか』——という、悩みそのものについてだろう。 大久保「え〜……? 何だろう」  攻守交代になる予感がした。私は近くの丸椅子を適当に引いてきて、入江くんから見て斜めの位置になるようにして座った。予想通り、入江くんは『私に聞きたい質問』をスケッチブックの上に書き連ね始めた。 入江「聞きたい事は、 ・なぜ、こう思ったか  ・僕、入江にこの質問が有効だと思っていたかどうか」 大久保「この場合の『有効』は何に対しての『有効』?」  私の質問に、入江くんは少し考えてから答えた。 入江「うーん……『こっちです!』『そっちです!』っていう答えが返ってくると思っていたかどうか」 大久保「なるほどね」 入江「あとは……ここは興味深いな。  ・なぜフライドチキンなのか  ……例えば、なんで、(フライドチキンでなく)卯の花じゃなかったのか、とか」 大久保「ふふふ」 入江「はは、動物性タンパク質の方が(対象として)良かったのかな? とか」 大久保「なるほどね、鶏肉」 入江「そう、鶏肉……フライじゃなくても、サラダチキンとかさ。うーん、大豆」 大久保「植物性タンパク質」 入江「そうそうそう。その辺、どの辺に、大久保さんの興味の力点があったのか」 大久保「フライドチキンに」 入江「そう」  入江くんがまだまだスケッチブックに何か書きたそうだったので、机に身を乗り出してページを破った。入江くんの「ありがとう!」と言う声を聞きながら、丸椅子に座り直す。 大久保「 ・ なぜこう思ったか……? あ、なぜこう思ったか、っていうのは、『なぜ自分とフライドチキンを比較しようと思ったのか』でいい? なんで質問をしようと思ったのか、じゃなくて」 入江「うーん。どっちでもいいけど。どっちも気になるけど」  入江くんは、破られたスケッチブックのページを指差した。 入江「まあ、まず。何故これ、この質問をしようと思ったのか」  入江くんが掲げているスケッチブックには、  ・なぜこう思ったか  ・入江にこの質問が有効?  ・なぜフライドチキン?  (サラダチキン、卯の花、大豆、動物性)  と書かれていた。  私は上の質問から①番、②番、③番と番号をつける事に決めた。  そうしてまずは①番の、『なぜこう思ったか』から答える事にした。 大久保「多分、①番と③番——『なぜこう思ったか』と、『なぜフライドチキンなのか』は、同時に答えちゃう事になるんだけど。何だろう。その、我々、美大生じゃない?」 入江「うん」 大久保「で、普段からずっと、ずっとと言うか。普段から作品を作ってるわけだけど」 入江「うん」 大久保「作品を作ってない日の自分、が、すごい進捗がない……っていうか。『人生において』進捗がない、みたいな。ただ作品の進捗がないだけなんだけど、自分の人生全てにおいて進捗がない、みたいな感じがするんだよね。で。そういう時に自分は、さっきあの、カチタカ、の話をしたけど。自分に価値がない、って。思うんだよね。これは心理的な問題なんだよ」 入江「うん」  やけにはっきりとした『うん』だった。私は苦笑いをしながら言葉を続ける。 大久保「あはは。で、その、『自分に価値がない』って思った時に、さらに自分を追い込むような癖があって。『自分は今、死んだ鶏肉より価値ないな』、『フライドチキンより価値ないな』(ってなる。)何でかって言うと、フライドチキンってさ——ちょっと特別じゃん」  入江くんは、ちょっと宙を見て考えてから答えた。 入江「……クリスマスとか?」 大久保「そうそうそうそう。クリスマスに買ってたりとか、なんか——オッ! ってなる感じが……」 入江「——わかる」  伝わるか、とやや不安だったが、入江くんのやや食い気味かつ、はっきりとした発音に助けられた。私は頷く。 大久保「そういうの、あるよね。、ハンバーガーとかさ。主食とか、だったりすると。『安いから』とか、『とりあえず早く食べたくて』みたいな理由ってあると思うんだよね。フライドチキンって求められてる感じがする」 入江「あー! 分かる」  今度こそ本当に食い気味に、入江くんは答えてくれた。彼はカメラに向かって掲げていたスケッチブックを机に置き、ページを破きだした。次のページに何かを書くためだろう。 入江「———フライドチキンって、『食べに行く』ものだよね」  私は嬉しくなって、「そうそうそう」と何度も頷いた。入江くんも笑う。 入江「なるほど」 大久保「そう、なるほどなの。だから私は、その、求められてるフライドチキン。食べたいって思う人がいる。能動的に食べたいと思わせられて、さらに、それを担保する価値を基本的には与えられる。この、フライドチキンってものに、軍牌をあげてしまうの。自分と比べた時に」  私は、机上のフライドチキンの皿を軽く掲げながら言った。入江くんもどこか合点が言ったように、頬杖をついたまま頷く。 入江「なんか、親から出されるものじゃないよね。フライドチキンって。生きつなぐための、食べるとかじゃない。カチタカを接種しに行くための、『目標物』だよね」 大久保「うん、(フライドチキンは既に)カチタカを、期待されてるじゃん。でも自分は、作品を作ってないと。あるいは、ダラッと過ごしちゃうと。あ、自分、(今の)カチタカ、0カチタカだなぁ……って」 入江「ああ」 大久保「———って感じになると。その、この、鶏肉の分際。あ、鶏肉の分際って言うのも良くないんだけどね! 鶏肉、価値あるから!」   入江くんは私の訂正にはさして興味がなさそうに、ああ、と溢すだけだったけれど、私にとっては重要なところだった。  私はカメラを持ったまま、入江くんの近く、ひいては、机上のフライドチキンへと近づいていった。そのまま私は、フライドチキンの乗った紙皿を片手で掴み、彼の方へと差し出した。 大久保「ちゃんとカチタカを保証してる、このフライドチキンというものに……」  ——自分より価値を感じるんだよね。と、いうより先に、入江くんはフライドチキンを指さしてこう言った。 入江「でも、これコンビニのフライドチキンだよね」  私は笑った。つまり入江くんは、これはコンビニのフライドチキンであって、クリスマスに買うような、ファミリー向けの、『特別感』のあるそれではないと言いたいのかもしれない。  しかし、私は『それ』で、このフライドチキンが持つ、『特別感』が薄れるとは思わない。  入江くんもすぐに気づいたようだ。 入江「……あ、でも。そうね! ホットスナックもさ! 結構、何だろう。冬の疲れた帰り道とかに、買っちゃおっかなって思って——『食べにいく』よね。その時は。飢えを凌ぐためじゃなくて、ジュワアッ……って。食べる事で、肯定しよう、みたいな。今日の、自分の疲れを肯定しよう、みたいな。そういう力はあるかな、フライドチキンに」 大久保「なんかあるよね」  食べる事で、肯定しよう。今日の自分の疲れを、肯定しよう。良い言葉だと思ったし、きっとこれまで何度も、コンビニのホットスナックを口に入れた時、無意識にそう思ってきたような気がした。  入江くんは穏やかに笑いながら、言葉を返した。 入江「ある、すごいある。その魅力を——大久保さんは買ってるんだね」 大久保「そう!」 入江「それで、(大久保さんは、)自分がそこ(フライドチキンの境地)に、辿り着けてないって」 大久保「そう。その境地に自分はまだ行けてないのね。だから、最後に卒業制作作るってなったわけだけど。(卒制って)集大成的な位置付けにされてるじゃない。一応。そこで、自分は本当に、鶏肉より価値があるのかないのかっていう。これ結構、なんか、『視野狭め問い』でしょ」 入江「まあ(笑)」 大久保「そう。だから、その視野が狭めの問いを、人にしたら、どんな答えが返ってくるのかなって。なんか、フライドチキンっていうと極端だけどさ、なんかこう、自分って価値ないって思ってる人って、多分多くて」  入江くんがやや力強くうなづいた。私も倣うように、いつもよりはっきりとした口調で言葉を続ける。 大久保「多分、なんか、『価値ないって思った事なんてない!』って人もいるけど。ほとんどの人は、一度くらい疑問を感じた事はあって」 入江「そうだね」 大久保「それに対する、答えっていうか。『自分はまあ一応こう思ってます、っていうのが、聞ければ良いなぁって思った——っていうのが。①番と③番(の答え)かな」  ①番、つまりは『なぜこう思ったか』と、③番、『なぜフライドチキン?』という入江くんの問いだ。  入江くんは、自分が質問を書いたスケッチブックのページに再び視線を落とす。そうしてやや硬い口調で、彼は「え。面白いね」と溢した。つい私も硬い口調になって、「え、ありがとうございます」と反射で返してしまった。 入江「今の、『フライドチキンより価値がある』、っていう(質問)そのものは、『不成立』としたけど。成立する一つの『定規』は。一個見つかりそうだよね」  入江くんは、再びスケッチブックに文字を書き始めた。 入江「つまり——誰かにとって、会いに行って、話したくなるような人、とか。あるいは、お金を払って作品を見に行きたくなる。そのくらいの、機会を提供しうる人間なのか、自分は」 大久保「そう、自分が能動的に——対象Aが能動的に動いたとして、あの、プレシャスをくれる存在?」  私は正直、自分の気持ちを話しすぎた後な事もあって、自分が何を言っているのか分からなかった。  しかし、入江くんには伝わった。彼は「いいね!」と短く吠えると、手早くマーカーをスケッチブックに走らせる。 入江「あ、じゃあ結構、質問のその意図は、明確になったっていうか。面白くなったっていうか」 大久保「あざす——あざすって言っちゃった」 入江「あはは、じゃあこの、②番は?」 大久保「②番?」  入江くんは、先ほど見ていた、自分の聞きたい質問が書かれたページを一瞬見てから、スケッチブックの新しいページをどんどん文字で埋めていく。 入江「僕、入江に——『この質問が有効かと思ったかどうか』。さっき、言った。この、(大久保さんが)我ながら視野狭めに感じる考え。でも誰しもが持ってるんじゃないか——『自分には価値がない』みたいな。のを——え? 僕の事どう思ってる?」  彼の中で何かが高速で動いてるのは分かった。分かったので、私は唾を飲み込みながら「うん」とだけ答えた。入江くんはこちらを見ず、スケッチブックに文字を書き続けているまま言葉を続けた。 入江「(僕が)自分の事——自分の価値の事。考えたりしてると思ってる?」  突如として、沈黙。  正直なところ、「えぇ〜……!?」と思ってしまった。こういうのって、答えるの苦手だ。だってこういうのって『外し』ても、相手がほしい答えに『沿えて』も、どちたにせよ失望を生みそうで、怖くなる。  入江くんは、そういう意図で聞いてない。おそらく何の他意もないだろう。  ただ、貴方から見た私はどうだ、という質問は、それが本心によって答えたものか、(気を遣ってのものだとしても)多少柔らかい言葉を使ったかで、その人へ自分が、いくら心を開いているか。それが浮き彫りになる感じが——そのもにょっと足を踏んだような感触が、私が嫌なのだ。  私にとって、友人という存在はそうしたものではない。私にとって友人という存在は何よりと言って良いほど大切なものであり、優先される指標であり、本心で関わっているかなど、瑣末だ。『そういうもの』だ。  例えば私に向ける姿が仮面のような作られたものであったとしても、相手が見せたいと思ったものを、私はその人だと思う。それを見せたいと思った、思ってくれたその人の感情を、私は尊重したい。  逆に、相手から見て私の真髄が分からなかったとしても、底が知れなかったとしても、楽しい時間を共有しようと、努力をしてくれる。それが嬉しい。そういう関係性を、私は友人だと思っている。  だから私は、困ってしまった。  とはいえ私は、『フライドチキンと私、どちらの方が価値が高い?』なんて、入江くんが繰り出したそれより、もっともっと無茶苦茶な質問をしているのだ。私が今困っている事自体が薄情で、あまりにひどい話だと思う。  しかし、入江くんがどう見えるかなど、(それが入江くんでなくても)簡単には言えない。真実を言えなければ、失望させてしまうかもしれない。  しかし、私から見た表面こそ、私の知るその人で、その人が私に見せてくれた『固』で、それは絶対に軽んじる事なんて出来ない。これは相手のためなんかじゃなくて、私が出来ないだけだ。  きっとこれは、私がそう思われてたいだけなのだ。  こんな事を考えてる時点で、私は多分色々な前提条件に沿えていない。頭がくらっとしてくる。だから苦手だ。  露骨に考えすぎているのが分かったのかもしれない。突然訪れた静かな空気に、彼が「ふふふ」と、少し大きめの声で笑った。だから私も、乾いた喉で、覚悟を決めて思った事を言った。 大久保「…………おもう」 入江「あははは!」  私のヒキガエルみたいな声に、入江くんはからからと笑った。  まあ、思う、としか言えなかった。ただこれは『思った事はあるだろう』に近い。  入江くんほど多角的、ひとつのトピックにいくつもの想像を重ねられる人が、『自分に価値はあるのか』という凡庸かつ重大な命題に、手を伸ばした事がないとは考えられなかった。  ただ、入江くんは『普段そうした問いにずっと思いをめぐらせているタイプと思うか』という問いのつもりで言ったのかもしれない。彼はそれこそさっきまで声を上げて笑っていたはずだけど、数秒経たないうちに、口角は上げたままで、「ああ。そうだね」と、少しぎこちない調子で言葉をこぼした。 入江「えっとね。それで言うと…………えっと……」  そう見えただけかもしれない。ただ、私は自分が『間違った』のかもしれないと思った。こういう質問に正解はないし、正解を答える事が正解でもない、そもそも入江くんはそうしてほうぼう考えた正解なんて求めてない——とは思ったけれど、間違いはあると思う。  彼はそうした変な期待を絡めた検証や、期待をしないでいてくれる人間である事は分かっていたのに、私は勝手に、入江くんが失望の末、私をくだらない人間だと制定し、友人という関係から遠のいていかないかと、胸がざわざわするほど冷や冷やしていた。  こんな自分だから、鶏肉と比べようだなんて思っちゃうんだけど!  入江は唇を結んだまま、しばらくスケッチブックに文字を書いていた。そうして数秒の間を空けてから、首をかくかくと揺らしながら答えてくれた。 入江「——だいぶ。思ってた、ね。うん。思ってましたね」  彼のぎこちない笑みに、私はどうしてか凄くほっとしてしまって、「思ってましたか」と笑った。入江くんも、「思ってました」とこちらを見ないままで繰り返してくれた。 入江「だいぶ——6歳くらいから。23.5歳くらいまでは。結構、わかるかも。それは。自分が対象化されたとして。対象化されるに値する——値する? 相応しくあれるか——相応しいか。相応しいかは、めっちゃ思ってたよ。ふふ」  彼はそう笑って、久しぶりにこちらを見た。私は少し考える。 大久保「念の為聞くんだけど、入江くんは今何歳ですか?」 入江「あ、僕は今25歳です」  へー、と思ったので、つられて私も「わたくしは今、21歳です」と名乗った。入江くんが「へー」と言ったので、私も「へー」と繰り返した。  その様子が少しおかしくて私が軽く笑った。入江くんがもう一度「へー」と繰り返し、再びスケッチブックへ視線を戻す。私も話題を彼の年齢に戻した。 大久保「入江くんは今は25歳で、23.5歳くらいまでは、その『カチタカ』——自分の『カチタカ』について、入江くんも考えてたの?」 入江「考えてたぁ」  入江くんはややざっくばらんに答えた後、スケッチブックに文字を書く手を止めて、うーんと唸り、椅子にもたれた。視線はやや斜め右下に向いている。 入江「そうだね。だって、自分自身で、自分が活動してられる———ライセンスがあるのか、みたいな事をさ。他者からのその眼差しで決めちゃってたから。誰かから求められるから、決められて良いみたいな、風に。そういう感じの保ち方しか知らなかったから」  入江くんは微笑んで、スケッチブックにマーカーを走らせたまま言葉を続けた。 入江「知らなかったし、まあ僕は割と幼少期、こう、親 離婚してたり。姉が、10歳の時にいなくなっちゃったりみたいな事で。愛着——愛着が、ふふっ。あんまり、分かりやすく愛される事に、失敗したんで。あの、常にですね。不安ではあったと思います——し。その、他者から『あなたOK』って言われないと、自分がOKだと思えなかった。っていうのはあったよね」  私はその話を聞きながら、、『あなたOK』って言ってもらうには、必ず第三者が必要な事を考えていた。  フライドチキンと私たちを比較する時も、そのそれぞれの価値を比較する『透明な第三者』が、いる。  さっき入江くんが言った)周りから見てOKかな?』というのも、ある種『カチタカ』だ。  それから私たちは、『カチタカ』について話し合った。 入江「そう、うん。『話しかけて、話に反応してくれるかどうか』とか。あとは、『期待してくれるかどうか』とか」 大久保「期待?」 入江「うーん……『また会おうよ』って言ってくれたり」 大久保「うん」 入江「まあ、作品的な事で言うと、『楽しみにしてます』とか、ゲームで。コメントくれるとかね。SNSで絡んでくれるとかね。全て」 大久保「すべて」 入江「ははは、全て——すべて。すべて? 全てじゃない」  大袈裟に手と頭を振る入江くんに軽く笑えば、彼は気を取り直すように言葉を続けた。 入江「まあまあまあまあ、そういう——若者は得てしてそうなんじゃないですか? そういう……SNSの時代だしね。そんな風に、あの〜……また。そっすねぇ! そうだねぇ!」 大久保「大丈夫?」  少し心配になったので、話しかける。しかし入江くんは、ゆるゆると首を振った。軟体動物みたいだった。 入江「や、僕は大丈夫だけど。何か、哀しい話だなって思って」 大久保「哀しい話だね」 入江「今の僕は。それこそ、もう。別にその。求められたいとか思ってないので」 大久保「思ってないの?」 入江「思ってないですね。だから、だから——この問いは『不成立』に感じられるんじゃないかな」  入江くんは、自分で書いた『不成立』の文字を見ながら言った。私が最初に聞いた問い——『私、大久保帆夏は、フライドチキンより価値が高いと思いますか?』……への、入江くんの答えだ。正確には、答えでもない。私の問いに対する、入江くんの『所見』だ。  少し気になったので、聞いてみる事にした。 大久保「じゃあ、なんでもう、そんなに、他者の——眼差し? を、気になってたのに」 入江「うん」 大久保「大丈夫、というか。自分の視座から、自分の価値を決められるようになったの? ……というか、自分の視座から決めるというよりは、状況でちゃんと理解して、『分別』してるよね」  後半に行くにつれて、不思議そうにしていた入江くんの表情が和らいだ。入江くんは「うん。そう」と頷いて、またスケッチブックに何かを書いていた。 大久保「あの、価値を選定してるんじゃなくて、分別して『こうだな』って思えてるよね」 入江「まあ、てか。あんまりその——価値、があるかどうかを。考えなくなったし」 大久保「考えなくなった」 入江「うん。まあ、そうね。混同しなくなったね。混同しなくなって——でも、混同しなくなると、もう、もはや、価値について考える必要もあんまなくなってくるよね。例えば、自分がゲームを作る——作れなくて、そしたらまあ、ゲームを開発する人としては、まあ、ある一定の『カチタカ』としては、価値がないかもしれない。ゲームを作ってる人に比べたら」 大久保「ま、そうだね。プレイヤーとして待っている人の、期待、に対して。まあ提供はされないわけだもんね。作ってないから」 入江「まあただ、だからといって、という、人が。存在することの、かちたか。には、それは無関係、ですので、あの、自己嫌悪に陥ったりしないし」 大久保「うん」 入江「うーん……ま、ヘルスを。はは。メンタルヘルスとか。体調も。具合悪くなる事はない。なくなった。それが、価値を混同しないっていう事だと思います」 大久保「ありがとうございます」  何となく敬語になって、私も答えた。 大久保「確かに、考えてみるとさ」 入江「うん」 大久保「今の、カチタカ。観測者がいる前提でカチタカっていう『単位』は決まってたわけじゃない? そうなると……例えば、『自分』を健康にするためのプロセスって、観測者がいないから『0(ゼロ)カチタカ』なんだよね。基本」 入江「ふぅーん……」 大久保「観測者はまあ自分がいるけどさ。健康になってほしいって期待して、なってくれたら、大喜びする人ってさ」 入江「うん」 大久保「いないじゃない……なんか。そんな」  入江くんは、うーん、と唸りながら左下を向いて黙った。静かな表情だった。  それを見て、気づく! 大久保「———あ! これめっちゃ卑屈かも!」 入江「ふ、」   目を見開いた私に、入江くんがちょっと笑った。私も笑ったままの声で言う。 大久保「考え方として、ね」  入江くんはまた静かな表情になって、小さく呟く。 入江「うーん。ま、大喜びはあんましない、ね」 大久保「うん」 入江「大喜びするって事はさ、『大喜び』にカチタカを感じてるってわけでしょ? その人は」 大久保「そうだね。他者の大喜び。観測者の大喜び」 入江・大久保「…………」 大久保「………………かも」 入江「……え。他者の大喜びを受けて、自分が大喜びしたいんじゃないの。その場合って」  ウッ!  オーン。  衝撃。そうなんだろうか。そうなのかもしれない。そうなのかもしれないので、「そうかも」と、私は出来るだけ明るい声で言ってみたけど。正直に言って、私は頭を金槌で殴られたレベルのショックを受けていた。受けていた? 感じていた。 入江「結局は、『それ』でしょ」  入江くんはそう言った。  そうか? そうなのかな。だって、感情を取り出して、見て確認をする事ができない以上は、否定はできないし、そうと言われれば、そう。  私が悩んでいる事柄。私が知りたい事柄。全く同じものを抱えている人は、世界に三人くらいはいると、私は思っている。  だからもし、私が自分を救うような作品を作る事が出来れば、その三人くらいの誰かの世界が、ちょっとだけ開けるかもしれない、と思っている。  それで今日がどん底だって思う人が、今日面白い日だったな、と思ってくれたり、雑な言葉だけれど、「今日は死ななくても良いや」と思ってくれたりしてくれるなら、それが本望だって思っていた。いつかのそのために作品を作ってきた、つもりだった。  でしたけど。  入江くんの『他者の大喜びを受けて自分が大喜びしたいだけ説』に沿えば——結局のところ、私は他者を大喜びさせて、自分が良い気分になりたかっただけかもしれない。その『本望』に至りたかっただけかもしれない。  だとしたら、私に作品を作る資格はない。  自分のために作品を作る事は悪ではない。  しかし、それで誰かの傷を癒したい——までならまだしも、それで自分が大喜びしたい、というところまで望むなら、それは誰かが傷つく事を望むのと、全く同じ行為ではないかと、私は思う。  傲慢だ。  ここまでの事が一気に過ぎって、一瞬、何も言えなくなってしまった。おそらく、これは曲解だ。  どこかがおかしいのは分かってるけど、いつもそこまで考えて、どこががパニックになってしまうので分からない。曲解して勝手に泣きそうになって一人になってから自滅する。私の人生は大半『そう』な気がするけど、インタビュイーとして、あるいは友人としてそこで座ってくれている入江くんに対して、『それ』は最も失礼な行為だ。  この考えのどこかでも、私はやっぱり拗れてるし、入江くんと、散々他者を視座を置かない価値についても話してきた気がするのに。結局私は他者の価値観、もしかしたら今、入江くんの価値観にも振り回されている。  スタジオの空気はそのままで、多分顔には出てなかったから、良かった。  そして同時に、彼の言う『それ』は、その説は、私にとって、とても大事な事だとも思った。『そう』かもしれない、と思う日があったからこそ、私はここまで、ショックを受けているのだから。 入江「あ! だからこそ、色んな価値を並べられると思っちゃうのかもね」  入江くんが明るい声でそう言ってくれたけど、正直私は、何の「だからこそ」なのか分からなかったし、平静は装えてるけど、あからさまに力ない「そうだね」を返してしまっていて、ちょっと、面白かった。 入江「まあ、それで言うと……」  入江くんはしばらく黙ってから、手元のスケッチブックに視線を落とした。 入江「『幸せ』ってやつじゃない? 幸せ——各カチタカが、自分の中の喜びに。幸せっていう共通通貨みたいな、ユーロみたいなものに還元できると、何だろう。誤解しちゃってるっていうかさ」  入江くんは、スケッチブックに、赤のマーカーで文字を書いていった。『おいしさ』、『面白さ』、『立派さ』。やや丸みの帯びた文字をそれぞれ、円で囲った『幸せ』に矢印で繋げていく。 入江「おいしさ、と、面白さ。立派さみたいな」  彼がそう言うので、私もこの時には、ぐらぐら揺れていても普通に話せた。私が「フライドチキン立派かな」と話すと、彼は首を傾げながら「知らん」と答えた。軽く笑った。入江くんは笑わない。そのまま話を続ける。 入江「健康……まあ、こういう『何か』があると思ってる状態が、(線で繋がっているから)これ(立派さ)とこれ(おいしさ)が実質比較可能になるみたいなさ」 大久保「うぅ〜………………ん」  いまいち、いや、全く共感ができなかった。  入江くんが思い至ったのはつまり、「『幸せ』に全てを集約させてしまうため、集約される前の個々の要素(「おいしさ」「面白さ」など)も、それぞれの価値が代替可能、比較可能と考えてしまうのではないか」という意見だった。しかし、『幸せ』? ……というところに集約されるイメージが、全く湧かない。そうした想像をした事もなかった。  まだ私も掴みきれてはいなかったが、入江くんが持っていた赤のマジックマーカーを手に取って、スケッチブックに文字を重ねた。  『フライドチキン』と書き、それを四角で囲む。 大久保「私の字可愛いんだよね」  入江くんの意見に反駁したいつもりはなかったので、空気を多少柔らかくするためにも、少しふざけたつもりだった。入江くんは笑い、それで思いついたのか、「かわいさ」と呟きながら、『幸せ』に集約される要素に、『かわいさ』を書き足した。  それを横目で見ながら、私は『フライドチキン』の四角から、右に矢印を引く。そして右方向に向いた矢印の先に、『A(人)』と書いた。  『フライドチキン』から『A(人)』に向かう右方向の矢印の上には、『おいしさ』、そして『プレシャス』と書く。入江くんの書いた『幸せ』と混同しないために、あえてこう書いた。そして、『A(人)』から『フライドチキン』に向かう左方向の矢印の上には、『期待』『』と書く。  『フライドチキン』おいしさ、プレシャス→『A(人)』  『フライドチキン』←期待、『A(人)』  これで、ひとつの図が完成した。そして、もうひとつ。図を書く必要がある。この図の『フライドチキン』を、『大久保帆夏』に置き換えたものだ。  私は、「自分の名前好きだから下の名前まで書くね」と言いながら、『大久保帆夏』と文字を書き、フライドチキン同様四角で囲った。入江くんは頬杖をついたまま「うん」と答える。  『大久保帆夏』作品、プレシャス →『A(人)』  『大久保帆夏』← 期待、『A(人)』  入江くんは、二つの図を見比べながら呟いた。 入江「え、これがとても似てる?」  ——って言いたいの? と、続けそうな感じだった。  ただ、それもやっぱり違うので、私は「うーん」と唸った。 大久保「——似てるっていうか。うーん、私、この、(フライドチキンや大久保帆夏がAに対し)『与えてるもの』を混同してるっていうか。この人(A)がもらった、『持ち物』の、ウェイト? 『重さ』を——」  ——混同してるんじゃないか。  入江くんが「なるほど!」と叫んだ。何か納得を得たらしい。私もそのまま言葉を続ける。 大久保「で、自分が作品を作らないと。この『重さ』は軽いままなので」 入江「それがやなの?」 大久保「やだ」 入江「それがやなのは、『どこ』にあるの?」  どこ、とな。抽象的な会話だった。入江くんはスケッチブックの中に今まで書いてきた図を指差している。  この中にあるような気もするし、ないような気もするな、と思いながら私は答える。 大久保「……『大久保帆夏』じゃない?」  少し掠れた声で、私はスケッチブック上の『大久保帆夏』をしゅっとマーカーの丸で囲った。  入江くんは少し考えたように、薄く笑ったまま答える。 入江「でも、こんなのさ。分からなくない? 人によってさ、『重みづけ』は違うでしょ」  確かに、と呟く。 入江「それを、勝手に。あの、想定してるのは、まあやっぱりどこかにバイアスがあるんでしょ」  真っ当な意見ではあった。ただし「そうだね」と言う口で、「そうかな」とも思った。  多分、バイアスがあるのは本当だ。だけど、与えるものの『重みづけ』、ここでいう『プレシャス』をどのくらい感じるかは人それぞれであれど、何か与えるものと、何も与えないのでは。1とゼロでは。明確な差があるようにしてならない。  ——私は、『1』になりたくて、踏ん張ってるんだろうか?  私が一瞬意識を飛ばしていたら、入江くんがはっきりとした口調で言葉を続けていた。 入江「第三者から見ると、というか、僕が見ると。こんなの『比較しようがない』って思うな」 大久保「……そうだね」  『比較しようがない』——つまり、人がそれぞれの価値に定義する『プレシャス』の数量がわからない以上、『重さを正確に比較する事はできない』、という事だ。  理論としてはあっている。フライドチキンがひとりの人間に与えている『プレシャス』の数量も、私がひとりの人間に与えている『プレシャス』の数量も、数値化できない。しかも、人によってその数量——入江くんの言うところの『重みづけ』は異なる。数値化できず、人によって数量も変わる。だから、比較できない……。  ——いや、それは違う。  数値化できない場合でも、『比較』はできる。    例えば、「貴方にとって、『冷蔵庫』と『電子レンジ』、どっちの方が価値がある? と聞かれたら、人によってそれぞれ答えは分かれると思う。  そしてその答えの理由は、多くの場合「自分はこっちの方が使うから」とか、「自分はこっちの方が便利だと思うから」とか、その家電に自分が与えられてる・助けられてる『感覚の総量』で決まってくるはずだ。  ……私はそうしたような、『感覚の総量』ってあると考えている。決してふわふわした、何か抽象的で、漠然とした概念ではない。アンケートでよく見るような、「貴方は最近疲れていると感じますか?」5、そう思う。4、ややそう思う。3、どちらともいえない。2、あまりそう思わない。1、そう思わない。……と、似たようなものを私はイメージしている。これ、リッカート尺度って言うらしい。  疲れの総量を測る事はできないけど、段階で分けたら答える事もできる。(『どちらともいえない』という答えを出す事も出来る)  『数値化して正確に比較する事はできない』が、『順番をつける』事はできるはずだ。  それがゼロと1であるなら尚更だ。  ……まあ、そもそも入江くんは、その『感覚の総量』のもとになっている『おいしさ』や『楽しさ』といった価値は本来交換不可能であるため、その時点で比較する事はできない(破綻している)、と答えてくれてるから、この考え方も入江くんから見たら破綻してるんだろうな。  ただ、ゼロと1だったら『数量として正確に比較する事はできない』が、『順番をつける』事はできるはず、というのにどう思うかは聞いてみたいな。私は机の前でしゃがみながら、入江くんに話した。 大久保「ただ、大久保帆夏の場合。私が何ひとつとしてしなかったら。ここ(私から人へ与えるもの)が何一つとして生まれないから。ここ(A)とのつながり自体がない」 入江「うん」 大久保「そうすると——」 入江「———あ、ゼロ対……」  入江くんが閃いたように笑ったので、私も「そう」と頷いた。 大久保「ゼロ対、1ではあるんだよね」 入江「……まあそれは——可能だね」  私も頷いた。 大久保「私が作品を作らない、あるいは何もしなければ……自分、カチタカ、ない。みたいな」 入江「それは、成立するとは思うけど——」 大久保「かんたんアルバイト、しっぱい……」 入江「え?」 大久保「かんたんアルバイトしっぱいってミームがあるの。ググッてみて」  話を止めてしまったな、と心の奥で反省しながらも、注釈をする。後で調べてみて、というつもりで言ったのだけれど、入江くんはスマートフォンを手に取り、その場で検索し始めてくれた。 入江「あ! ××(元ネタのゲーム名)のね」 大久保「そう」  入江くんは納得したように頷いた後、スマートフォンを置き、再び姿勢を正した。 入江「じゃあさあ、聞くけど」 大久保「うん」 入江「『これ』は、確かに成り立つとしましょう」  彼はそう言って、ゼロ1で比べたら、大久保帆夏、カチタカなし。の図をマーカーのキャップでぐるっと指した。 入江「確かにここ(大久保帆夏→A)がゼロだったら、流石にこっち(フライドチキン)は正の値だから。まあその、今の大久保さんが言った文脈の範囲内で、大久保さんよりフライドチキンの方が価値がある、と言えるね」 大久保「うん」 入江「———で? って感じ」 大久保「で」  少しぽかんとして、繰り返す。入江くんはあくまで淡々と言葉を続けた。 入江「ここはただの、『事実』であって。そこから大久保さんが落ち込んだり、悩んだり。質問を人に繰り出す事の、……うーん、理由はまだどこにも書いてない」 大久保「……ん〜……?」  よく分からない。  ただ、分からないなりに考えてみよう。  入江くんが言いたいのは、私の言う『チキン1大久保ゼロ、=大久保カチタカなし』理論が正だとして、それは特に意味を持たず、あくまで私がそう考えてしまう理由を考えた方が意義がある、という事なのだろうか。  彼は今、『理由はまだどこにも書いてない』という言い方をしたけれど、つまりは、私の言った理論はただの事実で、『理由にはならない』と言いたかったのだろうか?  …………。  これらをそのまま聞けばよかったのだけれど、ちょっとそこまで頭が回らなかった。  視線を上に向けている私に、入江くんが私の目を覗くように見てこう言った。 入江「『これ』が気になるんでしょ?」  ——気になる。気になるか。妙に優しい響きの言葉だった。  その時私は、なぜか自分が少し緊張していたことに気づいて、一旦肩の力を抜くようにして、素直に答えた。 大久保「——うん。気になるのと……私は、『価値なし人間いなくね? ……説』を提唱してるの、自分で」  入江くんが身を乗り出して、「はい」と揺れるように頷く。 大久保「でも自分だと——自分に対してだと! なんかその説を適用できないの。その、粗雑な『(自分)価値なし理論』みたいなのに、『自分』は嵌めちゃうの。他の人はその理論に嵌めた事が一度もないの」  やけにはっきりした声だった。入江くんは無言で頷く。 大久保「だから、入江くんに最初に質問した時に、『私、大久保帆夏は』価値が高いと思いますか? ……って聞いたのは。私しか当てはめた事がないから。(入江くんの言う)『バイアス』っていうのは、多分私に対してかかってるんだよね」 入江「うん」 大久保「だから、その、何だ。『バイアスを解く旅』って言うの? ——っていうのの、変遷を辿ろうと思ったんだよね——」 入江「で、も」  少し食い気味に、そして不思議な音節で区切りながら、入江くんはスケッチブックを破った。  それで、穏やかに笑った。 入江「そうやって言えてるって事は。解けるんじゃない?」  通る声だった。  少し、泣きそうだった。  だから私も、少し大きめの声で答えた。 大久保「解ける……かも!」 入江「——や、そんな事はない。どうなんだろ」  私が片手を上げるか同時か否かそう言われたので、ちょっと口を開けてしまった。急に階段を一段すこんと外された気がしたけど、不思議と励まされたので、私も「どうなんだろうね」と言って少し笑った。そのまま言葉を続ける。私にとって、一番大事かもしれないことを、再び思い出したからだ。 大久保「——解きたいっていうか」  入江くんがこちらを見る。 大久保「私が解いたら、他の人も解けるんじゃないかっていう、希望がある」  入江くんが、少し上を向いて、相槌と納得の間のような声を上げたのを聞き、安心した。 大久保「ほら、世界に三人くらいは、なんか。全く同じ事で悩んでる人って、いる気がするから」 入江「いっぱいいるでしょ」 大久保「そう、だからその『解き方』を提唱すれば、なんか皆んな、この——『呪い』。呪い生産から、解放されるかなって」 入江「なるほど」 大久保「そう。だから私は、知りたいし、聞きたい。これも結局その、『観測者』っていうのが入っちゃってるけど」  私は、人と多少『ちがう』形で生まれてきてしまったという自覚がある。疎外感を感じ、鶏肉より役に立たないと、自分を責める事もある。 大久保「でも、そうだね。その観測者が幸せになって、大喜びしてもらえたら——私も大喜び」  しかし、そんな、自分でも困ってしまうほど困った私が、困った私のまま生きて、それで、もしも他人に希望を与えられる事などがあれば。  それは、今『自分』に困って苦しむすべての人が。誰かの希望になれるという可能性を、提示された事と同じにできるんじゃないか、と思う。  死にたいと叫ぶ心も、自分の弱さも、歌にしたら共感され、誰かを救うこともある。  私が私のままで、私の『困った』要素を使って創作をして、誰かの事を大喜びさせる。どんな人でも、きっと誰かを大喜びさせられる。  私の進む道筋ごと、そういう証明にしたい。  さっきは一瞬、変な曲解をして見て見ぬふりもしかけたし、落ち込みそうになったけど。これはきっと、大切な感情だ。  この『誰かを大喜びさせたい』というのは、間違いなく私の欲だ。創作者としての、私の人生の『欲』だ。  入江くんが、優しく「うん」と頷いた。 大久保「——っていうのは、まあ、そういう事? 分かんない。これも何かのバイアスが適用されてるかも。で、(入江くんが質問を書いたスケッチブックを指差して)これありがとう。②番。答えてないかもだけど」  言った割に、少し誤魔化したくなって、早口になった。入江くんはさして気にしてもないように、「フム」と呟く。 大久保「で、その。入江くんに何でその質問が有効かって思ったのは、私——から見ると。入江くんの、考え方? 入江くんの考え方はめちゃめちゃ共感できて、入江くんの思考さい……? 違う。入江くんの考え方とか、振る舞いとか、バイアスの掛け方? バイアスの掛け方も違うな。……雰囲気!?」 入江「雰囲気」 大久保「なんか、雰囲気! 思考の雰囲気が、思考の粘土の! 丸め方が!」 入江「ふふっ」 大久保「丸める圧が!! なんか、ちょうどいいのね!」 入江「ふふふふっ……うん」 大久保「うん。でも、思考のその、スタイル? ラップのスタイルが違うの」 入江「ああ、なるほど」 大久保「そう」  どこがなるほどなんだ? 入江「話は通じるよね」  しかも今の流れでそこを取り立てて言うの?  マジで? 入江「話は通じるけど、まあ、スタイルは違うよね」  私が粘土だのラップだの言った事を、だいぶ短くまとめてもらった。 大久保「……うん。その、思考スタイルが違うっていう点が、私はすごい、入江くんの。私にとっての、カチタカ」  入江くんが笑った。 大久保「すげー、カチタカであって」 入江「カチタカ……ウオー」 大久保「私の、期待し、返ってくるもの」 入江「……アザ〜ス!」 大久保「うふふふふふふふ。話してる時に、その、すごい話してて楽しいし面白いんだけど」 入江「わかる」 大久保「違う考え方が聞ける? ……うーん。考え方って難しいよね。日本語として。……違う意見が聞ける?」 入江「ああ」 大久保「その根源が全く違うもの、を、輸入できる。その輸入先として、えーっと……」  私がまごまごとしてる間に、入江くんは何かに気づいたように、スケッチブックをマーカーでとんとんと指差すように叩いた。 入江「これ(フライドチキン)をとっかかりに僕にいっぱい喋らせて、僕から新しい何かを導いて——皆様に、お知らせ」  見透かされてる。  こうまとめられると、私だいぶ酷い人間みたいだな。 大久保「そう、悩んでるみんなに」 入江「悩んでるみんなに。ふっ」 大久保「最低かもしれない」 入江「悩んでる……まあ、僕の自意識、めちゃめちゃ過剰ですからね」 大久保「なんか、利用してる、ます」 入江「して」  私は入江くんの発した「して」を、やわらかく繰り返した。 入江「……なんか、もっと喋りたくなってきちゃった」 大久保「喋ってていいよ。実は、二つ目の質問があって」 入江「おお」  入江くんが軽くふざける感じで言った。  私も少し、笑っていた。 ② 貴方は自分を、フライドチキンより価値が高いと思うか? 2025年6月30日 16:02:00 大久保「ここまでいっぱい、私、大久保帆夏とフライドチキンと比較してもらったじゃない」 入江「うん」 大久保「じゃあ、入江くんは、自分自身を、フライドチキンより価値が高いと思いますか?」 入江「え、え? 不成立。ノーコメントです」 大久保「はははははは! おっきくノーコメントって書いてみて」  ここまで話してきたのだから、ある種、そうだと思っていたような答え——答え、でもない、所見、だった。  入江くんはスケッチブックに『NOコメント』と書いて、こちらに向けてくれた。 入江「NOコメント。NOコメントで、フィニッシュです。まあ、そんな質問。私の辞書にないです」 大久保「過程的にないんだろうな、って思いながら聞いた」  入江くんは私の言葉に、顎を撫でるような仕草をしながらかくんと頷いた。 入江「あんまり、ないですね。あんまり取っ掛かりがない。普通に考えて、人と、フライドチキン。どっちが価値があるかは、一般に、あんまり言われない。その言い草は」 大久保「そうだね」  言い草か、と思いながら、私はちょっと上を向いて言葉を続けた。 大久保「その、さっきさ——自分にのみ適用されるって言ったじゃない(p.27)。自分にのみ、適用されるケース。まあ要するに、私は入江くんに、先に『私という他者に適用されるケース』、を質問して、その後、『自分自身に対して適用されるケース』、を質問した。それで、その答えに差異があるか。あるいは差異があった場合は、それは『何』か。また、『それ』(私の想像)すら超越したアンサーが来るか」 入江「うーん。差異はあると思うけど……」 大久保「うん」 入江「……そうだね。差異はある。流石に。自分について考える事と、他人について考える事は。」  入江くんは雪崩れ込むように頬杖をついて、考えるように眉を顰めた。 入江「まあただ自分について話す時に、『価値』って考える事は……うーん、ない」 大久保「ない」 入江「ないというか……あんまりその、意味のある言い方にならないかな。俺って価値あるか、って言われたら。まあある種無限大じゃない?」 大久保「そうだね」 入江「でも『無限に価値あります!』って人に言うのも違うでしょ」 大久保「うん」 入江「だって、自分に対して無限大の価値を認めているのは、自分に対してだけだから。こういうインタビューで、人に、『お前は、俺の価値を無限大だと思え』って……言うのは、違うかなって」  入江くんは、正面にあるカメラを見ながらそう言った。 大久保「他人に表明される答えになるのは、違う」 入江「そうそうそう。まあだから、人に言うものではないよね。言ったら、『自分に適用してる』の範疇をもう超えてるから」  入江くんは私の似顔絵に線を書き足している。 入江「主義だね」 大久保「うん」 入江「そうね。僕がここで、俺だけは違う、って言ったら。俺だけは違うって言ってるだけじゃなくて、俺だけは違う事を皆さんはご了承ください、って事になっちゃうから。それは、そこまでそう思ってないので——かな」  入江くんは、姿勢を戻そうとしたら戻せなかったみたいな姿勢で、言葉を続けた。 入江「えーそうですね。なんかさ。いや。意味ないよ。あんまり。自分の価値がどうのとか、考える事に。もっと、棒とか。駅のホームとか。そういうこと考える事の方が、意味があるかもしんない」  しかし、入江くんは考えるようにして、こうとも言った。 入江「うーん……今言おうとしてる事に、価値を導入してるな」 大久保「ふふ」 入江「価値について考える事って、価値ないんじゃない? って、言おうとしてる自分がいるけど。それって、ちょっと変かもね」 大久保「変かな」 入江「うーん、そうだなあ、うーん」  入江くんは腕を組んで、すぐに解いて、首を左にいくらか曲げた状態で口を開いた。 入江「意味が、ない——ふぁるぅむがない」 大久保「ふぁぅう」 入江「考えたところで、ふぁうぅうがない」  ふぁぅう——、価値があるか、ないのか、それを考える事自体にも、価値があるのかないのか。その頭の中の堂々巡り、最悪で気持ちの良い蟻地獄を抜け出すための、『ざぶとん』みたいなマジックワードだ。 大久保「いいね。言葉を不明瞭にすると、なんか急にフワッとしたものになった気がする」  価値なんて、本来はフワッとした言葉だ。実際入江くんの言った通り、誰かが何かに対して思う価値、その重みづけは、他者から見れば不明瞭で、絶対に分からない。  フワッとした、不明瞭なものだからこそ、好き勝手要素を付け足しちゃえるから、自分を追い詰めるためのとんでもないモンスターを生み出してしまえるのかもしれない。 大久保「———というわけで、入江くんの答えは?」 入江「答え?」 大久保「不成立、と?」 入江「答えなんて言いません」  入江くんはきっぱりと言った。 入江「答えを言ったらなんか、その、質問の導入する磁場に乗った事になっちゃうから。土俵に乗っちゃう。『あなたの答えは?』っていうのに、答えてしまうと。不健康な方に行くと思うね。ふぁみゅうがないって、あはは。言うしかないっす」  彼の世界にとって、私が今探し求めているその答えなぞいらないし、必要ないし、むしろ自身の健康のために答えなんて『在ってはならない』——本来『探してもならない』のだろう。  それでも今日、入江くんは長い時間をかけて、この無茶苦茶な不健康な時間に付き合ってくれた。  これで、全てのセッションは終了したと悟った。私は笑顔のままで頭を下げた。 大久保「ありがとうございました」 入江「ありがとうございます!」  入江くんの晴れやかな声に少し頷いてから私はフライドチキンを指差した。 大久保「フライドチキン、食べますか?」 入江「食べません。なぜなら歯の矯正をつけているからです」 大久保「分かりました私が食べます」 入江「あはは!」 大久保「というわけで、ありがとうございました」 入江「ありがとう!」

Log ② 2025. 7/2 16:10:49 インタビュイー:かなしの ① 貴方にとって私はフライドチキンより価値が高いか? 2025年7月2日 16:10:49 大久保「じゃあ、今日はよろしくお願いします。まずはお名前を教えてください」 かなしの「×××(本名)……あっ」  しばらく二人で笑い合った後、仕切り直す。そうすれば、彼は柔らかい語調で教えてくれた。 大久保「お名前は?」 かなしの「かなしのと申します」 大久保「よろしくお願いします」 かなしの「お願いします」 大久保「普段はどんな作品を制作されていますか?」 かなしの「えっと——ピクセルアートで、風景を描いています。青色の色使いで、季節の空気感や、懐かしさを感じるような、風景を描いています」  彼は『かなしの』というハンドルネームで、インターネット上で活動しているピクセルアーティストだ。Twitterのフォロワー数は、現在約1.3万人。  SNSにピクセルアート(ドット絵)を投稿する他、最近はアーティストのMVにイラストを提供するなどして、非常に活躍している。 大久保「よろしくお願いします」 かなしの「お願いします」  なんとなくもう一度頭を下げあった後、セッションが始まった。 大久保「かなしのくんに、ふたつ。質問があります」 かなしの「はい」  かなしのくんは、スタジオの中心に置かれた木製の丸椅子に座っている。彼の目の前には、鉄で出来た大きな机がある。真っ白なテーブルクロスがかけられた冷たい机上には、スケッチブック、ノート、黒色と赤色の複数のマジックマーカー。そして、先ほどコンビニで買ってきたフライドチキンが、耐油平袋を破かれた状態で紙皿の上に置いてあった。  私は机上に置かれたフライドチキンを横目で見ながら、少し緊張したまま人差し指を立てた。 大久保「いっこめです」 かなしの「はい」 大久保「貴方にとって——私、大久保帆夏は、フライドチキンより価値が高いと思いますか?」 かなしの「うーん。ふふふふ……フライドチキン、そんなに食べないんですよね」  かなしのくんは一瞬考える仕草をした後、くつくつとした笑い声を上げた。私が、フライドチキンそんなに食べない、と繰り返すと、かなしのくんも、そんなに食べない、と繰り返した。 かなしの「フライドチキンあんま食べないから……×××に行った事がなくって」 大久保「え!? ……×××に行った事がない!?」  私はちょっとびっくりして、思わずそばにあったスケッチブックに、「フライドチキン そんなに食べない」と書いてしまった。 かなしの「行った事がない。コンビニのチキンもそんなに食べないから——どっちかって言ったらまあ……大久保さん……かなー」  ぬるっと私に軍杯が上がった。  私がスケッチブック上にメモを取りながら「ぐんぱい」と呟いたら、かなしのくんは「ん。軍牌が上がる」と言ってくれた。嬉しくなったので、「やったね」と言ってみた。 大久保「じゃあ、逆に——かなしのさんが食べ物の中で、フライドチキン……値段でも味でも、世間的にフライドチキンとおんなじ価値くらいかなってものと、大久保さんだったら、どうですか?」 かなしの「はいはい……」 大久保「例えば、どうだろう。ハンバーグとか」 かなしの「ハンバーグ。ああ、ハンバーグ…………」  かなしのくんはしばらく黙った後、神妙な顔をしてこう言った。 かなしの「……迷うなぁ……」 大久保「ふふふふふ」  面白くなってからからと笑えば、かなしのくんも同じようでくすくすと笑った。それでまた、文字通り悩ましいふうに呟いた。 かなしの「ハンバーグかぁ。迷うなぁ……」 大久保「天秤が今、ハンバーグ側に、こう……」 かなしの「ふふふ」  かなしのくんは読めない表情で笑うと、「えー……」と掠れた声で声を上げた。 かなしの「……ハンバーグはそこそこ好きだから。あの、スーパーで売ってる。百円の安い、レトルトの、あれ——あれ」 大久保「あれ大好き?」 かなしの「いや、安いからよく食べる」 大久保・かなしの「「ふふふふふふ……」」  二人で笑い、また間が空いた。かなしのくんはかくんとお辞儀のように首を揺らしながら言葉を続けた。 かなしの「安いからよく食べますね、ふふ」 大久保「なるほど。安いから食べるってなると、どっちかって言うと、かなしのくんにとってハンバーグは……」 かなしの「はい」 大久保「『あっ! ハンバーグ食べよう!』って動くものですか?」 かなしの「うーん……。……なんか、『これ食べよう』みたいのが、あんまりないかもしれないですね」 大久保「これ食べようみたいなのが、あんまりない……!!」  今日は衝撃を受ける事がいっぱいある。これ食べようみたいなのが、あんまりない……。  私は、基本的にその日の夕ご飯を希望にして生きている。そうでなくとも、疲れた時は美味しいご飯を食べる事で帳消しにしている。それこそ、『この後は帰りにコンビニに寄って、フライドチキンを頬張ってやろう』、など———…………。  驚いてる私とは対照的に、吉田くんはゆるりと頷く。 かなしの「はい」 大久保「……オッケ〜!」  驚きと同時に、最高に面白いとも思った。こうやって、自分の世界では限りあるものを得るために、私は卒業制作に、インタビューを、『取材』を取り入れた。 かなしの「勘で、勘で決める。食べるものを」 大久保「勘で食べ物を決めている」  私も勘で食べ物を決める事自体はあれど、私の場合、『それ』の根底にはやはり「あれ食べたい」「これ食べよう!」みたいな強い食欲がはたらいているような気がする。  これはもしかしたら、かなしのくんが単に『フライドチキンをあまり食べた事がない』という要素以外にも——私とかなしのくんで、フライドチキンに対する印象に差異がある理由があるかもしれない。  そう思った私は、まず、自分が『なぜフライドチキンを選んだのか』——つまりは、『私から見たフライドチキン』について話してみる事にした。 大久保「まずなんか——フライドチキンにした理由なんだけど」  私はそう言いながら、本物のフライドチキン——の隣にある、私が毛糸玉で編んだ抽象フライドチキンをかなしのくんに渡した。 かなしの「はい……これフライドチキン?」 大久保「そう」 かなしの「ふふ」  かなしのくんが笑っているのを見ながら、私は少し早口で言葉を続けた。 大久保「なんか、フライドチキンって、『食べに行くもの感』があるような気がしてて」 かなしの「ふーん……」 大久保「例えば、ハンバーガーとかサンドイッチとかおにぎりとかだったら、とりあえず安いからとか、急いでるから手に取る、とか。あるじゃない?」  かなしのくんは、「ふんふん」とも「うんうん」ともとれる音で相槌を打った。 大久保「その、このフライドチキンって。ま、なんか、クリスマスとかね。なんか特別な日に食べる……って感じが、あるし」 かなしの「そうね」 大久保「スナックでも。なんか、食べて気分上げようかな、みたいな」  前述の『食べに行くもの感』という言葉は、三日前にインタビューをした、入江丸木くんとの対話で出た言葉だった。  クリスマスに食べられるようなファミリー向けのフライドチキンであれ、コンビニで売られているホットスナックであれ、フライドチキンは『食べに行くもの』。生き繋ぐための食べる、とかじゃないよね、という話だった。  フライドチキンはそうした風に、求められ、期待され、そしてその期待に答えられる『美味しさ』が担保されている。そして、そんな輝かしいフライドチキンと自分を比べると…………——— 大久保「自分がなんか、作品を作れなかったり、進捗がなんか——ゴミ? ゼロの日、の自分に比べたら……お前(フライドチキン)の方が世界を幸せにしてないか? ……っていうのがあって」 かなしの「んふふふふ(笑)ふーん」 大久保「ただこれってめっちゃ視野狭いじゃないですか」 かなしの「まあまあ……」 大久保「だから今、ちょっと。人に聞くって事をしてます」  私はちょっと言葉を区切ってから、かなしのくんの方を見て言葉を続けた。 大久保「でも、今の話からすると、かなしのくんにとってのフライドチキンって、前述の存在じゃないじゃない?」  かなしのくんには、『これ食べよう!』という衝動自体があまりない——だとすれば、先ほど言った『フライドチキンは食べに行くもの』という、期待する感覚自体が、かなしのくんには実感の湧かないものだろう。  私はマジックマーカーのキャップを嵌めながら、一旦カメラの方を確認して、かなしのくんの方を見た。 大久保「だからちょっと掘り下げてみたいです」 かなしの「えへへ。はい」 大久保「行きましょう」 かなしの「はい」 大久保「じゃあ、黒をあげます」  私は黒いマジックマーカーをかなしのくんに渡し、自分は赤いマジックマーカーを手に取った。  それから私はスケッチブックを開くと、白紙のページに、大きく『フライドチキン』と書き、その文字を丸で囲んだ。  そしてその隣のページに、大きく『ハンバーグ』と書き、同様に丸で囲んで——……その後、隅の方に、小さく、『ししょう』と付け添えた。 大久保「……今のはちょっとウケを狙いました」 かなしの「ふふ」  私は小さく『ししょう』を二重線で消してから、真面目な顔をしなおして、 大久保「先行、行きます」  ——と呟いた。  かなしのくんはよく分かっていない顔をしたまま、私の動向をじっと見つめていた。 大久保「うまい」  私は『うまい』と呟きながら、『フライドチキン』の円から伸ばすように線を引き、『うまい』と文字を書き、円で囲った。  いわゆる、『キーワードッマップ』のような形だった。  それから同様に、『ハンバーグ』と書いたページにも、『ハンバーグ』の円から伸ばすように線を引き、『うまい』と文字を書き、それも円で囲った。 大久保「……『うまい』、みたいに。それぞれの価値担当、みたいなのを書いていきたいんですけど」  このままじゃ、『フライドチキン』VS『ハンバーグ』のような構図になってしまうな、と気づいた私は、一旦、『ハンバーグ』という文字を二重線で消して、『大久保帆夏』と書き直した。 大久保「ちょっと、『大久保帆夏』と『うまい』はつながらないですね」  残された『うまい』の文字を見ながらそう言えば、かなしのくんは「かにばりずむ……」と小さな声で呟いた。  気を取りなおすように、スケッチブックを手のひらで指す。 大久保「———では、後攻。レディー、ファイッ」 かなしの「ふぁい… …これ、ここ(スケッチブック)に書けばいいの?」 大久保「書けばいいの」 かなしの「ふーん……」  かなしのくんはしばらく考えるような仕草をし、……ちょっと長考ともとれる時間をかけた後、大久保帆夏から線を伸ばして、こう書いた。  『おもしろい』 かなしの「はい」  私は嬉しくなったので、その場で踊ってから「ウオ、Happy」と言った。 大久保「では、こいつ——フライドチキンの、価値」 かなしの「え。……『うまい』以外の価値??」  あまりに愕然とした感じの声だったので、思わず笑ってしまった。かなしのくんも笑う。しばらく笑った後、私は妙に晴れやかな気分で声を上げた。 大久保「……そっかぁ! 確かに……『うまい』以外の価値……ない、かも。あるかな……」 かなしの「『うまい』以外の価値〜……あ〜……え〜っと……」  かなしのくんはしばらく考えた後、ぽつりと呟いた。 かなしの「……『お腹が膨れる』」  私は「お腹が膨れる」と繰り返しながら、ひとつ気になってた事を聞いてみた。 大久保「かなしのくんって、食べるの好きですか?」 かなしの「食べるの好きですよ」 大久保「普段どんなもの食べます?」 かなしの「普段? まあ、自炊したり。……最近はよくコンビニとかで買い食いしてますね」 大久保「何買い食いするの?」 かなしの「甘いもの」 大久保「甘いもの」 かなしの「最近暑いから、アイスとか」 大久保「アイス何好きです?」 かなしの「アイスは〜……なんだろう。××だいふくとか」 大久保「美味しいよね。お腹膨れるし」 かなしの「ふふ」  食べるのが好き——という事なら、『食べるのに関心がないから、これ食べよう、という衝動を抱いた事がない』……という事ではないらしい。  確かに、よく考えればこの二要素はイコールにはならないよな、とも思いながら、私はふいに、ある事に気づいた。 大久保「なんか、私が。もしかしたらなんだけど」 かなしの「はい」 大久保「この、『うまい』を——メッッッ……チャ『デカ価値』だと思ってる可能性があって」  私は、『フライドチキン』から伸ばされた『うまい』の文字をを指差しながら言葉を続けた。 大久保「私よくあの、『美味しいものいっぱい食べてね』みたいな感じで、人と別れる事が、あるんですけど」 かなしの「へー」 大久保「ある知り合いで、食事そのものがあんまり好きじゃないって人がいて。口に入れる動作がしんどい、みたいな感じらしくて。私にとっては、美味しいもの食べて、フカフカのベッドで寝る、っていうのが——幸せの、なんか抽象的な形の、想像されるの、自分は『それ』なんだけど」  うまく言葉がまとまらず、こんがらがった。  ただ言いたかったのは、自分がそういう、幸せというか、抽象的な『安全』、の、かたち——のようなものとして捉えていたそれが、誰かにとってはそうではなかった、というのを知って、驚いた、という事だった。  だからもしかしたら、この『うまい』という至極単純そうに見える感覚にも、私が当然だと思ってしまっているだけで、他者から見れば違う、極端な『何か』が潜んでいるかもしれない、と思ったのだ。  私が解きたい、と思っている何かが、そこにあるかもしれない。 大久保「だから、フライドチキンって美味し……くて、期待されてて、その価値をすぐさま提供できるから。なんか、一個の幸せを担保してる存在として、確立されてる感があって」  何か気づきそうな感じがした。フライドチキンには、私にとって一番、安全で、害のない、幸せとかいうような言葉に最も近いところにある、『美味しさ』——『うまい』という要素が備わっている。 大久保「この、『うまい』が、フライドチキンに、ある。逆に、大久保帆夏には、『うまい』がないから……」  そこで、気づいた。もしかしたら。 大久保「もしかしたら———大久保帆夏、うまかったら価値あるかもしれない」  かなしのくんは笑った。私もちょっと笑ったけど、それより少し、驚いていた。  言ってしまえば、私にとって最も理想的な感覚、『うまい』という要素が、フライドチキンには備わっている。そしてそれを世界から期待されていて、担保まで出来ている。  しかし、その『うまい』という『機能』は、私には備わっていない。  不思議な話だが——もしかしたら私は、『うまい』というその要素に強烈に憧れていて、それがない自分に劣等感や、嫌悪や焦燥を感じているだけなのでは。  「うまかったら価値あるかもしれない」と言ったのは、うまかったら、美味しくなれたら——自分にとって価値があるかもしれない、意味だった、  ———私は、フライドチキンに憧れて、フライドチキンみたいに、美味しくなりたいだけだった……? かなしの「うんうんうん」  かなしのくんの頷きで、現実に引き戻された。  自分の中で考えをまとめるためにも、もっとかなしのくんの視点を知りたいと思い、切り出した。 大久保「(かなしのくんは)考えた事ないですか? 自分、価値あるのかな……とか。……比較、とか」 かなしの「はいはい」  かなしのくんはいくらか視線を動かした後、静かに答えてくれた。 かなしの「うまいに価値がある、っていうのは。僕も(そういう考え方が)結構あって。やっぱ、うん。食べるのって一番、こう…………ふふ。食べるのって、楽しい」  かなしのくんは穏やかに笑いながら、重ねた隙間にマジックマーカーを通すようにして、両手の指を組んだ。 かなしの「一番……なんか、手っ取り早く幸福を得やすい、みたいな、のは。結構あって。僕も。趣味。趣味が、最近、食べる事……ふふ」 大久保「めっちゃいい」 かなしの「というか食事……ふふふ」  かなしのくんは少し下を向いて笑いながら、話を続けた。 かなしの「———っていう感覚は、分かるけど〜……うーん。価値……お金の事を考えた時に、うーん……」  かなしのくんが口に手を当てて考えるのを見ながら、私は、『価値』というワードから、『お金』が自然に連想される人は結構多いなあ、と思っていた。  かなしのくんは頭の中で考えがまとまったように、落ち着いた調子で、真っ直ぐな声で話してくれた。 かなしの「——なんか、食べ物によって得られるもの。一時的な幸福……幸福感みたいなのって、あんまり本質ではないと、感じる。ので」 大久保「うん」 かなしの「なんか、人生という単位で考えた時に。例えば、食べることだけが幸せで、食べる事によって幸福は得られるから——毎日美味しいものを食べて、その時その時々を過ごしていたとしても。人生という単位で見た時に、『ああ美味しいものをたくさん食べれて幸せだったな』とはならない気がする、という」  なるほど、と思い、頷く。  例え話だけれど。  30センチ定規の、2センチ目、10センチ目、15センチ目に、 縦にピッと細く印をつける。定規には3箇所の印がついた事にはなるが、印自体の長さは僅か3ミリだ。30センチの定規全体で見たら、全く大きな割合にはならない。印をつける箇所を増やしてもほとんど同じ事だろう。  もしかしたら私は、『うまい』という、自分にとって理想的な、知ってる幸せ。感じたことのある、短絡的かつ一時的な幸福感に憧れすぎて——引っ張られすぎていたのかもしれない。  しかし、様々な人へのインタビューを通して分かったのは、自分の知る以外の『うまい』の感じ方がたくさんある事という事と——そもそも、その『うまい』という感覚に対する価値の重みづけも。人によって異なるという事だった。  だとしたら、私が目指さなくてはいけないのは、私が搭載しなくてはいけない機能は、『うまい』という短絡的な幸福感を与えるような要素ではない。  それこそ、人生単位で何かを与えられるような、あるいはまだ、既存にはない、 大久保「じゃあ、総合的に見た幸せってなんだろう。こいつ(人生)の」 かなしの「それは…………わからない」 大久保「わからない!」 かなしの「数十年かけて考えていくものなのかもしれない」 大久保「分かってた時ある? 逆に」 かなしの「えぇ〜……?」 大久保「世界がシンプルだった時代」 かなしの「どうだろう。分からないですね」 大久保「じゃあ、ふたつめの質問しても、いいですか?」 かなしの「はい」 大久保「これはただのピースです」 かなしの「ああ、二つめの質問という意味ではなく?」 大久保「そうです」 ② 貴方は自分を、フライドチキンより価値が高いと思うか? 2025年7月2日 16:24:56 大久保「今まで、私とフライドチキンを比較してもらったじゃないですか」 かなしの「はい」 大久保「かなしのくんは、自分をフライドチキンより価値が高いと思いますか?」 かなしの「それが難しくて。自分の価値、というもの。という概念が、よく分かってなくて。自己肯定感みたいな言葉あるけど、それもよく分かってなくって」 かなしの「うーん……なんかこう。めっちゃ主観的に見たら、そりゃあ自分にとって自分の存在って、唯一無二ではあるわけだから。それは、他の何かと比べるものではない、し」 かなしの「なんか。——逆に、めっちゃ客観的な視点で見たら、この僕が生み出している、僕が、世界において生み出している価値の総量と、フライドチキン全体が、世界中で生み出している価値の総量で考えたら、それは多分、フライドチキンの方が、絶対多いから。フライドチキンの方が価値がある、という事になる、けど」 かなしの「聞かれてるのって、そういう事じゃないような気がして」 大久保「うん」 かなしの「その間にある……なんかこう、『それ』がよく分かっていない」 大久保「自分はその『総量』で見ちゃってる点があって。前、に気づいて。私もその、(フライドチキンが)世界を幸せにしてるってさっき言ったじゃないですか」 かなしの「はい」 大久保「でもその『世界を幸せにしてる』っていうのは、私から見た視点で。実際はその与えた幸せ度、幸せの単位みたいなのって、その人自身にしか分からないから。私はその総量で、あっちの方が価値あるとか。私 はフライドチキンより価値ないとか。言ってたけど。……私も分かんなくなっちゃって!」 かなしの「ふふふ」 大久保「ちょっと、掘っていきたい、わよ」 大久保「かなしのくんは、自分の価値とか、自己肯定感とかは、(……定めるだっけ?これ)(そんな感じはする)(あ、ぽいぽいぽいぽい)考えた事あまりない?」 かなしの「そうですね」 大久保「どんなイメージある」 かなしの「どんなイメージ?」 大久保「触れた事ない、立場なりに。猫飼った事ないけど、猫飼ったらめっちゃ毛凄そうじゃない!? みたいな」 かなしの「あ、えぇ、ふふ」 大久保「そう、そんな感覚でいいから。価値、を飼い慣らす、首輪です。自分が飼うとしたら」 かなしの「抽象的だなぁ(笑)難しいです」 大久保「無茶な質問をしている自覚があります」 かなしの「なんなんですかね自己肯定感って」 大久保「なんなんなんだろう」 かなしの「ふふ」 大久保「ビートを刻んじゃった。なんか逆にさ、なんで『考えてこなかったか』っていうのは、ある?」 大久保「多分私は、考えすぎちゃってるのね。なんか多分人より」 大久保「『考えた事ないです』っていうのは、そういうのがあるっていうのは知ってたけど自分やった事ないなー、なのか。そんな事考える人いるんだー、そうなんだー、のどっちが近いかな」 かなしの「僕は……考えた事がなかったっていうか。うーん。なんなんだろう。なんだっけ。何の話だっけ」 大久保「こんがらがってきちゃうよね。ガチ一度も考えた事ない?」 かなしの「いや、そんな事はない。この間、人とそういう話をして、あー、なんか。分かんないなー自己肯定感って。ってなった」 大久保「人としたんだ。ちょうど。聞いてもいい? その時の話。教えたくなかったら全然いいけど」 かなしの「いえいえ。なんか、その。自己肯定感とかって、『自分にとっての自分の価値』みたいに言われてるけど。それってなんか、分かるようなものではなくて。だから、みんな。他者から肯定される事で得ているものが、『自己肯定感』なんじゃないか。みたいな話を……」 大久保「ああ」 かなしの「身の回りの人間であったり」 大久保「確かに、チキンもさ。『うまい』って言ってくれる人いなかったらさ。というか誰も食べなかったらさ。なんか衣で焼いただけの肉だから。その時点でもう『うまい』って価値はなくなるし」 かなしの「そうですね」 大久保「逆に、大久保帆夏以外の人類が全ていなかったら、自分の価値なんて考えない。確かに、結局自己肯定感って、他者からの承認でなんか、ウェイしてる感が……ヒ〜〜〜〜〜!! 他者から逃れられない! 現世だ!」 かなしの「ふふふ」 大久保「かなしのくんは他者について、他者から見られてる自分について考えた事は?」 かなしの「……最近ちょっと考えるかなぁー……」 大久保「最近」 かなしの「最近」 大久保「さいきん」 かなしの「さいきん」 大久保「recently」 かなしの「え?」 大久保「最近」 かなしの「最近」 大久保「なんか、きっかけとかあった?」 かなしの「きっかけ? っていうと、難しいけど。そうですね」 かなしの「まあ、昔は。本当に人との関わりがなかったから。最近っていう、感じ、ですね」 大久保「そっか」 かなしの「そっか」 大久保「ちょっとさ」 かなしの「はい」 スケッチブックのページをめくる 『かなしの ワールド』 大久保「どんな感じ今?」 かなしの「ええ? 何が?」 かなしの「何が? ええ……?」 『おおくぼワールド』 大久保「結構さ、人いるんだよ」  人という字を大量に書いていく。 大久保「ここら辺の人に至っては、名も知らぬ誰かなんすよ。 かなしの「はい。ふーん」 大久保「で、ここら辺(名も知らぬ誰か)の事とか気にしすぎて。自分の『価値高』について考える」 かなしの「へー。ふんふん。なるほどねえ」  かなしのくんは、赤ちゃんの顔、もしかしたらそれより大きい——もしかしなくともそれより大きい大きさのでっかい『人』という字を書くと、丸で囲んだ。 大久保「…………いくねぇ」 かなしの「ふふふふふ、周り……」 かなしの「ひと。ひと。ひと———」  足の親指の爪より少し大きいくらいのサイズの『人』が、その傍にぽつぽつと。五つだけ書かれ始めた。 大久保「この、一番でかい『人』(の字)は——……人類?」 かなしの「人類」 大久保「ここら辺(小さい『人』)は?」 かなしの「まあまあ。その、仲の良い人たち」 大久保「なるほどね」 かなしの「まあね、仲良くない人たちはいないから。世界に今」 大久保「いない。ふふ」 大久保「なるほどね。(かなしのくんの世界では)(私の世界でいう)『ここ』(名も知らぬ誰か)が包括されて。かつ、ここの価値、というか。ここ(残された仲の良い人たち)の重要性が高まるから。そうするとなんか、この人たち(にとって)の自分の価値って考えればさ。それってただの、『関係』じゃない? うん。そしたら確かに、この関係に価値ってあるの? って言い始めたら……」 かなしの「……」 大久保「……痴話喧嘩だよね」 大久保「なんかすごいスッキリした気がする。かなしのさん、わたくしから見たかなしのさんが、すごいフラットに世界を見てるっていうか、なんだろう。風景とかのピクセルアート作ってるじゃないですか。私があの、全然あの、昔から風景をあまり見る事ができない人間だったので。情景っていうなんか、大きなものを捉えられるところがすごいな、って思ってて。その視点で、(かなしのくんが)他のところも見ている感覚が、私にはあったんですよ」  かなしのくんが、はい、と頷く。そして、私が『風景』という単語を出した事で、思い出したのかもしれない。かなしのくんは赤いマーカーを手に取ると、先ほどの『人』より、少し大きいかもしれないくらいの大きさで、『風景』とかなしのワールドに書き足した。 大久保「それで、聞いてみたかったんですけど。すごく、分かりやすかったです」 大久保「風景が、でかいっす」 かなしの「ふふ」 大久保「好きすか?」 かなしの「なに?」 大久保「好きともまた違う?」 かなしの「ん?風景? 風景好き」  こっちを見る。 大久保「これが——かなしのくんの、世界」 かなしの「そうです」 大久保「なんかトモダチコレクション見てる感じ」 大久保「ありがとう、すごい面白かったです」 大久保「じゃあかなしのくんの世界には、また人が入り始めたばっかだから。まだ、分からない」 かなしの「そうですね?」 大久保「自分の、価値は? かな? かも?」 大久保「で、大久保さんは——フライドチキンと比べたらギリ軍杯が上がるけど、ハンバーグと比べたら負けるかも!」 かなしの 大久保「ありがとうございました。食べますか?」 かなしの「お腹空いてないので大丈夫です」 大久保「じゃあ私食べます」

Log ⑤ 2025. 7/16 13:42:10 インタビュイー:イノウエ(仮) ① 貴方にとって私はフライドチキンより価値が高いか? 2025年7月2日 16:10:49 【イノウエ(仮)】 イノウエ(仮)「三脚いる?」 大久保「気を遣ってくれてます」 大久保「まずは貴方のお名前を教えてください」 イノウエ(仮)「イノウエ(仮)です」 大久保「よろしくお願いします」 イノウエ(仮)「よろしくお願いします」 オオクボ「普段はどんな作品を制作されていますか?」 イノウエ(仮)「普段は、アニメーション作品ですね。抽象化した動きが面白いアニメーションを制作しています」 大久保「これから、イノウエくんに。2個、質問をさせてもらいます。まず、1個目です」 イノウエ(仮)「はい」 大久保「あなたは私、大久保帆夏と、フライドチキン。どちらの方が価値が高いと思いますか?」 イノウエ(仮)「えー……っと。大久保帆夏の方が……自分的には、(価値が)あるかなって」 大久保「ありがとうございます」  銀のマジックペン「銀がいいっす」 大久保「どうして私の方が価値が高いと思いました?」 イノウエ(仮)「そもそも、自分がフライドチキンを食べない生活を送ってるんで」 大久保「フライドチキンを食べない」 イノウエ(仮)「——食べない、というより。むしろ嫌いな対象に入っているので。」 大久保「フライドチキンが、嫌い」 イノウエ(仮)「はい」 大久保「初めての意見が出て嬉しいです」 イノウエ(仮)「『フライドチキンが嫌い』って事は——『食べた事は一応ある』って事?」 イノウエ(仮)「ギリギリなんですよね。本当。ある、けど。記憶にない」 イノウエ(仮)「唐揚げとかは、明確に食べた記憶があるんですけど。フライドチキンってなると……多分、ほんとに、ちっちゃい頃に食べた事があるかないかくらいの記憶しかないですね」 大久保「なるほどね。お肉が嫌い?」 イノウエ(仮)「———そうですね」 大久保「じゃあフライドチキンが取り立てて嫌いっていうより、お肉が?」 イノウエ(仮)「そうですね。肉全般が嫌いで、そこにフライドチキンは入ってるから、嫌い」 大久保「嫌いの中に属してる存在だから、比較するとしたらフライドチキンが嫌いかなっていう?」 イノウエ(仮)「で。しかも、マイナス的な理由だけじゃなく、なんか」 「うん」 イノウエ(仮)「『フライドチキンが嫌いだから』っていう理由は前提としてあるけど。(6:51)大久保さんの作る作品の方が、面白さがあったりとか。そういう要素もあって。比較すると、フライドチキンよりも大久保さんの方が、自分的には価値がある、ってなる」 大久保「ありがとうございます」 「使います?」(ペン) 「気を遣われてる、じゃあ赤をもらおうかな」 大久保「逆にさ、フライドチキンをそんなに食べないって人が、他にもいて」 イノウエ(仮)「おお」 大久保「ちょっと(フライドチキンと比べたら)強すぎるかもしれないんだけど、ハンバーグと比べたら、ハンバーグが勝つかも……って言われたんだよね」 「それは卒制で?」 「そう、卒制の撮影で、フライドチキンと大久保帆夏のどっちの方が価値がある」 森脇(音声24:11) 「今はお腹空いてるからフライドチキンかな」 大久保「ハンバーグと比べたら、ギリハンバーグかもしれないって話が出たの」「なんか、『好きだけど最重要オーパーツじゃないな』って食べ物ある?」 イノウエ(仮)「………………」 イノウエ(仮)「……クロワッサンとか?」 大久保「ふふ、ちょっと分かる。確かに食べようとするとちょっと元気出る感じあるのも分かる」「じゃあ、フライドチキンをクロワッサンに変えたら、何か変わる事はある?」 イノウエ(仮)「そっか。そう、でも食べ物ね、食べ物……」「……よりも。作品、とかの面白さ。見てられる感動だったら、そっちを取っちゃうから。食べ物とかと比較したら、ないかなもう。変わる事は」 大久保「なるほどね。じゃあ、ここ(天秤のクロワッサン側を指して)がどれでも変わらないんだ」「じゃあ、大久保帆夏でなくても、人間対食べ物だったら人間が勝つかな?って感じ?」 イノウエ(仮)「そうかもね。……もしかしたら」 大久保「もしかしたら」 イノウエ(仮)「気付かされた感じがする」 大久保「気付かされた感じがする?(笑)」「(前の人とも)話したんだけど、比較した時に、食べ物って意外と「おいしい」以外の長所そんなないよねって話をしてて」 イノウエ(仮)「おお」 大久保「なんか、私は、多分この「おいしい」がめちゃめちゃデカい存在だと思ってるんだよね」(10:00)「なんか、なんだろう。フライドチキンはさ。対象Aがさ、買いに行くじゃん。求めて行くじゃん。で、『おいしさ』を与える。っていうのが、担保されてるから」 イノウエ(仮)「うん」 大久保「私は、(自分より)価値があるのではないかって思うんだよね」「逆に、今イノウエくんがさ、すごくちょうどいい事を言ってくれたんですけど。大久保はね、なんか。作品に当たるかもなって思ったの。この(おいしさに当たる)与えるものが」 イノウエ(仮)「あー、そうね」 大久保「対象が見る。それで、楽しいとか、そういう感情を与えるから、価値があるとしたら。私がそういう作品を作れない時ってどうしてもあるじゃない」 イノウエ(仮)「ああ」 大久保「もう今日具合悪い、とか。何も思いつかない、とか。ゲームやってた〜い、みたいな日って。ここ(与える感情)がなくなるからさ。この矢印が両方向じゃないと、この方程式が崩れる」 イノウエ(仮)「ああ、確かに」 「から、価値ないかもって思ってるんだと思う。自分価値ないかも、みたいなループに入りやすい」「イノウエくんは、そういうのあったりする?」 イノウエ(仮)「自分がって事?」 大久保「なんか、こういう事考えたことある、とか、いや別にここがなくなってもここの天秤は変わらない、とか」 イノウエ(仮)「『ここ』の対象が自分になったら、って事?」 大久保「そう、そうだね。2個目の質問がそれになる」 イノウエ(仮)「———そうなると、それだと話は変わってくる」(12:00) 大久保「イノウエくんは、自分とフライドチキン、どちらの方が価値が高いと思いますか?」 イノウエ(仮)「そうなるとフライドチキンだよね」 大久保「変わっちゃった……」「それはまた、どうして」 イノウエ(仮)「え、美味しさ、とか。そういうのをそもそも否定してないから。なんだろうな」 大久保「そっか。お肉がそんな好きじゃないだけで、おいしさは別に、かも」 イノウエ(仮)「だって現に。多分、色んなところが商品でさ、チキンを出してるわけじゃん」 大久保「うん」 イノウエ(仮)「てなると、やっぱり。フライドチキンの方が色んな人(あれ、分かんなくなっちゃった。キってなんだっけ)に幸せを……」 大久保「この図で書くと、フライドチキン神みたいだね」 イノウエ(仮)「だって、クリスマスシーズンとか。やっぱりそうだよね」 大久保「幸せの象徴みたいな感じがする」 イノウエ(仮)「そう! 比べて自分は……みたいに、なるじゃん」 大久保「この差ってなんなんだろう」 イノウエ(仮)「自分、を。対象物にした場合?」(13:50) 大久保「うん。私から見ても、やっぱり。イノウエくんとフライドチキンを比べたら、おんなじような事を言うんだよね。イノウエくんの作品、面白いし、楽しいし。そもそもフライドチキンは肉だし、って」 イノウエ(仮)「おお。変わってるとしたら、(大久保さんはフライドチキンが苦手じゃないから)『食べれる』けどってところだよね」 大久保「うん。食べれて美味しいし、私も好きだけど。でも、それはもう比べようもなく、イノウエくんが勝つでしょ——勝つ? 価値があるなしって、勝ち負けじゃないけど。ただ、対象物が自分に置き換わった瞬間、ゴン、ってなるじゃん」 イノウエ(仮)「大体の人が、そう、なる可能性高いよね」 大久保「だから、なんかこの、ゴンッ、ってなるやつ。ちょっとクローズアップすれば。おんなじように——大体の人がおんなじように(ゴンッて)なるって今言っ(てくれ)たじゃない? おんなじようになった人が、ちょっと道が迷いにくくなると言うか。なんか我々、森で今彷徨ってるじゃない」 イノウエ(仮)「うん」 大久保「なんでゴンッてなったんだろう、って思いながら、今ちょっと見渡したら、同じようにゴンッてなってる人が大量にいるかもしれないじゃん。で、私がなんかこういう、記録とかに残して——『これだからゴンッになってるんじゃね? 説』みたいなのを、皆んなでちょっとずつ話していったら、ちょっとなんか、鬱蒼とした森が——あ、なんか、自分、死ぬまでいかなくていいかも、みたいな」 イノウエ(仮)「ああ、確かに……」 大久保「そう。なってくれたらいいな、っていうのが、あるんだよね」 イノウエ(仮)「……でも。答えはないよなあ。でもなあ」 大久保「答えない」 イノウエ(仮)「答えなく探していくのが、たぶん大事だよね」 大久保「答えを探すんじゃなくて」 イノウエ(仮)「もがくのが、あれだよね。必要だよな、これ。難しいなー」 大久保「ちょっと書いてみたら?」 イノウエ(仮)「自分と置き換わった時?」 大久保「そう。でもいいし、今の、探す事自体が重要かもしれない、でも」 イノウエ(仮)「自分、とは」 大久保「字、綺麗だね」 イノウエ(仮)「俺、字、綺麗ではないよ」 大久保「そうなの?」 イノウエ(仮)「自分と、大久保帆夏が変わった時に、か」 大久保「というか、他者?」 イノウエ(仮)「他者」 大久保「大久保帆夏でも、そうだし。絵描いてもいいよ」 イノウエ(仮)「フライドチキンの絵が描けないんだよな」 大久保「ただの目玉の絵を描いてる人もいたよ?」 イノウエ(仮)「…………どゆこと?」 大久保「(笑)思いついちゃったんだと思う」 イノウエ(仮)「思いついたの?」 大久保「そう、思いついたものを、ひたすら書いていく人て言う」 イノウエ(仮)「それは……それは、いいな。なんか、伝えなきゃって思うと、文字にしちゃう」 大久保「ああ! なるほど」 イノウエ(仮)「…………えー。(予冷)こんなに、あれ。答え出ない人いないよね?」 大久保「いや……皆んな、先行の理由を話しちゃうとバイアスがかかっちゃうからあれだけど。多分、さ。一緒にさ。こういうのがあったね、って話してった方が、前に進める感じだよね」 イノウエ(仮)「そうだね」 大久保「じゃあ、あれだ(話す)けど——『答えません』で終わらせる人もいた」 イノウエ(仮)「あー! ふ、かっこいいな」 大久保「そう(笑)自分と、大久保帆夏を交換したら、で。変わるんだけど。変わった事を、今回質問に答えてしまうと、その変わった事を、なんで変わったかとかどう変わったかとかを答えてしまうと——それは『自分とフライドチキンの比較』ではなく、『表明』になってしまうので、いいたくない、です。『NOコメント』って人は。いた。きっぱり」 イノウエ(仮)「おおー」 大久保「そもそも一問目の質問も、『なんでこんな質問をしたの』で通してた」 イノウエ(仮)「……大体誰が答えたか分かってきちゃうな。なるほどね?」 大久保「今までのやつ……七瀬くんとかは、そうだね。七瀬くんはどっちかっていうと、フライドチキンと自分、とか。フライドチキンと人間を比較した時に——その価値は、そもそも『食べ物』と比較してない? って」 イノウエ(仮)「あ、ああー……!」 大久保「フライドチキン、の存在ではなく、『美味しさ』と戦ってない? っていう。美味しさって言う概念と戦ってないか? って。それならもう勝てないじゃんねって。だって私たちが生きて作品作れてるのって、食べ物のおかげじゃん」 イノウエ(仮)「うんうんうん。確かに」 大久保「それなら、食べ物の方がカチタカじゃね? ってなるのは、自明だから。そこは、『論理の飛躍が起こってるのかも』って話をしたよ」 大久保「これは、かなしのくんの、ハンバーグと大久保さんだったら、ハンバーグの方が勝つかも。のやつ」 イノウエ(仮)「ああ〜……なんか、素直っぽさというか。なんだろう、いいな」 大久保「ふふ。あと、そもそも『自己肯定感』について考えた事がない、ってかなしのくんは言ってた。これ。自分の世界にそもそもそんな人がいないから、最近人が入ってくるようになったぐらいで。あとはもう、でっか〜な人類と、人類と同じくらいでっか〜な『風景』があるから、あんまり考えた事ないよって言ってた」 イノウエ(仮)「面白いな……。皆んな、大喜利が強いのかな」 大久保「ははは! そう、大喜利でもいいし、一緒に迷ってくれてもいい」 イノウエ(仮)「迷うよなあ」 大久保「迷うよなあ」(音声20:26) イノウエ(仮)「やっぱ、みんなどっかにあるんだろうな。自分は価値が低い、みたいなのは」 大久保「うん」 イノウエ(仮)「それの大きい小さいはあるけど。やっぱ、みんなどっかに、このままでいいのか、っていうのはありながら、生活はしてるから」「そこを、フライドチキンっていうのは、見せないじゃん。欠点は。長所だけがあって」 大久保「たし、かに……!」 イノウエ(仮)「だから」 大久保「フライドチキンは、もう生きてないから。生産されたものだから。欠点、ないね! 美味しいだけ!」 イノウエ(仮)「美味しいだけ。長所オンリー」 大久保「そうだよね。だって、例えばさ。油っぽいとか、そもそもお肉が好きじゃないとかあっても、それはこの『個体の優劣』じゃないもん」「はーん……」 イノウエ(仮)「そう、なる、と。ある意味、自分だと嫌なところも見えてきちゃうから? こっち(フライドチキン)が勝つのかな」 大久保「かも。そっか、美味しいものってさ、美味しいって感情自体には欠点がないもん」 イノウエ(仮)「そうだね。はー……いやー……」 大久保「ちょっと感動してる、今」「フライドチキン、欠点ない」 イノウエ(仮)「欠点ない」 大久保「イノウエくんからすると、欠点は、お肉である事?」 イノウエ(仮)「そうだね。味が……」 大久保「なるほどね、なんかちょっと。感動かもしれない」 イノウエ(仮)「よーし……」 大久保「だから他人も欠点が見つからないから。価値が高いような気がするのかな」 イノウエ(仮)「繋がってくるかも」 大久保「うん。なんかでもめちゃめちゃさあ、なんか、近しい人とかだったら。『いや、フライドチキンに軍牌が上がるかも〜』とか雑に言えたりすんのかな」 イノウエ(仮)「あ〜……あるかもね」 大久保「うん」 イノウエ(仮)「今のところないもんなあ」(?) 大久保「私たちは、本当。私たちっていうか——私はイノウエくんの作品をリスペクトしている。で、今回作家として、かつ。同級生としてお願いをしている」 イノウエが『大久保欠点なし』 大久保「お!? 大久保欠点なし!!」 大久保「お、面白すぎる……ありがとう」 大久保「じゃあ、私も。カタカナ? イノウエって」 イノウエ(仮)「カタカナ」 大久保「イノウエ欠点なし」 大久保「お。え!? この三つ巴が急にめっちゃ平和になった」「なんか、すごい難しい大喜利をしてるからさ。巡り巡って考えすぎてるけど。すごいシンプルにまとまった。これもいいですね」(23:30) イノウエ(仮)「そうなの?(笑)」 大久保「他人の視界から見た自分欠点ないって思ったら。なんか、ハッピーかもしれない」 イノウエ(仮)「そうだね。そこは、言われて気づいた。俺も」 大久保「やったぁ。その時点で、この行動に意味が、ある」 イノウエ(仮)「よ、良かった……。作品がより良いものになれば、いっすね」 大久保「うん。そしたら、私がさらに、イノウエくん視点から見て、フライドチキンより価値が高くなっていく」 イノウエ(仮)「そうだね」 大久保「超ハッピーじゃん」 イノウエ(仮)「そうだ」 大久保「ありがとうございました」 イノウエ(仮)「ありがとうございます。結論でなかったぁ」 イノウエ(仮)「繋げてくれたから、最後なんか。そっかって、他人から見たら欠点ないんだって」大久保「なんか今めっちゃ、前向きな気分になってる。他人から見た俺は無敵だぜ! って」 イノウエ(仮)「よかったっす(笑)」 大久保「ありがとうございます! 手伝える事あったら言ってください」 大久保「あ、オッケーです。声かけます」

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